体験消費時代のマーケティングヒント

みなさんこんにちは。和田康彦です。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)に伴う巣ごもり消費により、アマゾンの業績は大幅に伸びていています。2020年7~9月期の純利益は前年同期比200%増の63億㌦を達成。これにより、アマゾンが新たな業界の攻撃に費やせる資金はさらに増えています。今回は、アマゾン大躍進を支えている強さの源泉についてみていきます。
◆次々に既存業界を破壊するアマゾン
2000年代には、アマゾンによる電子商取引(EC)の支配は書籍や音楽、玩具、スポーツ用品など小売りの幅広い分野を破壊しました。米玩具販売大手のトイザラスや米スポーツ用品店のスポーツオーソリティ、米書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルなど1世紀以上にわたって繁栄してきた大規模小売店もありましたが、アマゾンの並外れて速い配達と低価格には太刀打ちできませんでした。
アマゾンの破壊の野望は今や、小売りをはるかに超えて広がっています。複雑なサプライチェーン(供給網)物流の専門知識とデータ収集での競争力を武器に、新たな業界に次々と攻撃を仕掛けています。
同社は実店舗を展開する食品スーパーを買収し、地域の配達を簡素化するために、野菜や果物の熟度を自動選別する機能を搭載した生産ラインなどテクノロジーを駆使しています。
また2018年6月にはオンライン薬局のピルパック(PillPack)を買収。最近発表した新サービス「アマゾン薬局」により、全米で薬局の免許を取得し、流通網を築こうとしています。
個人や外部の販売業者が出品できる「アマゾンマーケットプレイス」では、売り上げや予測などのデータを活用し、出店者に銀行よりも有利な金利でリスクを排した融資を提供しています。
今後は、薬局をはじめ、中小企業向け融資、物流、生鮮食品、決済などの業界もアマゾンエフェクトは避けられそうにありません。
●「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」を愚直に追求するアマゾン
ところで、次々にイノベーションを起こして新たな価値を生み出すアマゾンの強さの源泉はどこにあるのでしょうか。
カギとなるのは、使命感や志(パーパス)です。MTP(Massive Transformative Purpose、野心的な変革目標)と言われるような高い目標を描き、それを共有できると10倍速の成長や大きな変革が進みやすくなると言われています。
アマゾンでは、創業時に掲げた「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」というミッションを一番大事にしており、それが組織全体に浸透しています。
アマゾンがイノベーションにチャレンジするときは、自分たちがやりたいことをやるのではなく、お客様のどのような課題を解決できるのかということにこだわります。たとえば、世界シェア45%を占めるAWSであれば、クラウドコンピューティングによってお客様の経営課題をどう解決するのか、そこが出発点になっています。
そして、新しい製品やサービスを開発する際には、「Working Backwards」というアプローチを取っています。まずは、お客様の視点に立って、お客様の課題は何かを徹底して考えます。そこを起点にお客様にとって必要なものは何か、どうすればそれを提供できるかを逆算して考えるわけです。
みんなで議論して、できるだけ多くのアイデアを出し、「これでいこう」と決めたら、プレスリリースを書き上げます。開発をスタートする前に、その製品・サービスがなぜ必要なのか、お客様にどのような価値をもたらし、顧客体験をどう変えるのかを数ページのドキュメントにまとめるのです。
口で言うのは簡単なのですが、新しい製品・サービスの顧客価値をシンプルに定義し、明文化するのは結構大変です。このプレスリリースをもとに議論を進め、ゴーサインが出たらプロジェクトがスタートします。
ゴーサインを出すかどうかの判断基準は、お客様のためになるかどうかです。どの企業でもそうだと思いますが、いざプロジェクトを始めると、社内で反対する人が出てくることや、方針が変わって予算を減らされそうになることがありますよね。でも、プレスリリースは組織として承認されたものですから、初志を貫徹することができます。
●少人数のプロジェクトに全権委任
また、アマゾンでは「Two Pizza Team」と呼んでいるそうですが、新しいプロジェクトを始めるときには2枚のピザでお腹を満たせる程度の人数、具体的には8〜10人程度でスタートし、そのチームに全権を与えます。
チームには全権が与えられているので、関係部署といちいち調整をする必要はありません。新しいサービスを始めようとすると、「それはうちの事業と競合するからだめだ」といった反対が出ることがありますが、全権委任されたチームにはそうした横やりが入る余地がありません。社内調整より、お客様にいち早く価値を届けることを優先した、イノベーションが育ちやすい組織づくりを目指しているのです。
一方で規律については、トップから現場まで意思決定はお客様との対話が主軸になっています。「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」というミッションを果たすために、トップから現場まで愚直にお客様の声を聞きます。お客様がアマゾンのサービスをどう思っているのか、何に満足し、何に不満を抱いているのか。そういう声を徹底して集めます。
経営陣に何か提案を上げるときには、お客様の声が求められます。現場から幹部に提案を上げるときも同じです。お客様の声を常に聞いていないと、何事も先に進まない仕組みです。お客様との対話を通じ、お客様のリクエストに対しても問題提起して、さらに課題を深掘りし、本質は何かを探究するプロセスなのです。
このように、アマゾンは、顧客の課題の本質を探究しながら、顧客と相互学習している。その学習効果がイノベーションを生み出しているとも言えます。
愚直なまでに徹底した生活者視点の追求こそ、アマゾンの強さの源泉なのです。