体験消費時代のマーケティングヒント
みなさんこんにちは。和田康彦です。
「塚田農場」を運営するエー・ピーカンパニーは、高級地鶏を手ごろな価格で食べられるとして一時は脚光を浴びましたが、いつのまにか数ある居酒屋チェーンの一つに埋もれてしまいました。
塚田農場は米山社長が2007年に始めた看板ブランド。きっかけは不動産業などを営むなか、顧客との会食で訪れた東京・新橋の地鶏料理専門店。「個人店だがおいしい鶏肉が安く食べられる。いつか自分もこんな店をつくってみたい」。米山社長はこう決意したそうです。
早速、宮崎県に地鶏の生産農場を開設。「みやざき地頭鶏(じとっこ)」を他品種の半分ほどの値段で仕入れ、消費者に安く提供することで人気を博しました。ただ、最盛期の17年3月期に259億円あった売上高は20年3月期には230億円に減少。似たような食材を扱う模倣業態が現れ、他の居酒屋チェーンとの違いを見いだしにくくなったためです。
そんな競争激化で業績が低迷するなか、新型コロナウイルスが追い打ちをかけます。同社は4月に他社に先駆けて約180カ所ある直営全店の休業を決定。本社も移転し、オフィス面積を10分の1に縮小しました。赤字を最小限に抑え、経費の削減を徹底しましたが、6月の店舗の売り上げは前年同月比40~50%にとどまります。
「他店と差異化しなければ生き残れない」そんな思いから、米山社長は、矢継ぎ早に次の一手を打ち始めます。
6月には渋谷駅ハチ公口から徒歩約5分のテナントビルで地鶏料理専門店「地どり屋つかだ」を開業。壁にちょうちんを飾り和の雰囲気を演出する塚田農場とは異なり、「つかだ」の内装は木材やコンクリートを基調としたシンプルなデザインに統一。オレンジ色の電灯が薄暗い店内をほのかに照らし、高級レストランにいるような気分を味わえる。
「安くて酔えるという居酒屋のイメージは早々に変えなければならない」。米山社長は「つかだ」に込めた思いをこう語ります。平均客単価は塚田農場よりも700円ほど高い4200円を見込み、同社としては高級業態にあたります。今後は、塚田農場は徐々に減らし、代わりに地鶏料理や焼き鳥の専門店を出す計画です。
昼に定食を扱う「つかだ食堂」も開きました。若鶏のチキン南蛮やカツオのたたきなど定食8品をそろえます。午後4時以降は酒類やおつまみを出しますが、主力の居酒屋「塚田農場」の看板を掛け替え、定食店のイメージを打ち出します。あえて新業態として始めたのは、家族連れなどを開拓することが目的です。
在宅勤務の普及で「仕事帰りに一杯」という需要は冷え込むため、自前の料理宅配サービスもスタート。食材は同じでも「見せ方を変えることで同じ料理でも今までとは全く違った印象を持ってもらえる」と米山社長は語ります。塚田農場の看板メニューだった「地鶏炭火焼」の場合、地どり屋つかだでは溶岩の皿にのせて提供。胸肉ともも肉が最適な焼き具合で食べられるよう、各部位をのせる皿の温度を80~200度に調整するなど手間を加えています。
同社のブランド戦略は場当たり的に見えるかもしれませんが、「店が産地と消費者をつなげ、地域活性化に貢献するという価値は今後も変わらない」といいます。
「産地や生産者を知れば料理がよりおいしく感じられる」という考え方のもと、塚田農場では一般にはあまり知られていない産地の食材を扱うことが特徴です。こうした取り組みは新ブランドにも受け継がれ、現在も生産者の開拓にいそしんでいます。
新型コロナの感染拡大が止まらないなか、米山社長は「塚田農場の原点に立ち返るいい機会だ」と前向きにとらえています。これからも産地を伝えるという理念を変えず、大衆居酒屋のイメージを払拭したリ・ブランディングに挑みます。
塚田農場の事例からも学べるように、ブランドも、社会や時代の変化に合わせて進化していかなければ衰退していきます。重要なのは、お客様の価値観や欲求の変化をいち早くとらえ、半歩先行く価値を提供していくこと。ただし、理念まで変えてしまってはいけません。常に創業時の原点(初心)に戻って考えることがお客様との絆を深めるブランディングでは大切です。
参考:2020年8月2日付日本経済新聞